| 男の料理教室 |
| 多治見市の市之倉公民館では、「男の料理教室」が開催されています。一念発起、赤いエプロンと三角巾を購入して参加してみました。受講者は40代から70代までの12人で、うち11人はリピーターで私だけが新人。少し緊張して調理室に入りました。 女性の先生からの講義は、「料理のできる男は女にモテますよ。」で始まりました。そうした副産物は想定外でしたが、モチベーションは更に高まりました。そもそもの目的は、自分で食の管理ができる男になりたいと思ったことですが。1980年代にGEのCEOだったジャック・ウエルチは、経営における「選択と集中」を提唱しました。これは、限られた経営資源(ヒト、モノ、金)を競争優位性の高い特定の事業や分野に絞り込んで投入し、市場での勝利を目指す戦略のことです。 私は学生の頃からこの戦略を信奉して、自分の能力、時間、お金をビジネスや自己啓発に集中することを良しとしてきました。これは反面、その他の生活分野の活動をあまり大切にしてこなかったということでもありました。 そのひとつが、食の管理でした。30過ぎから毎年きちんと健診を受けていました。ずっと要検査という項目はなく、自分の食生活に問題はないと思っていました。しかし、2年半前に、激痛とともに思いもよらぬ病に陥っていることが判明しました。同じものを食べてきた家族は正常で、私の栄養吸収力(体質)の問題でした。 ここから、私の食の管理、栄養学の研究が始まりました。現実的な問題が目の前にあるので、ものすごい勢いで勉強しました。管理栄養士にも負けないレベルに達したと自分では思っています。そして、当然のことかもしれませんが、「食が自分を作っている」ということが、しっかりと腹に落ちました。 おかげで、思いもよらぬ病は快方に向かっています。自分にとって、口にすべきもの、すべきではないものもかなり明確になってきました。そして、次の段階は、安心できる食材を自分にふさわしい方法で調理したいと思うようになってきました。これが、「男の料理教室」に参加した目的です。でも、副産物も楽しみです。 |
| CPS総合法務事務所 司法書士 加藤健治 |
| 弁護士の交渉術 6 |
| 今回も引き続き「弁護士の交渉術」について,お話します。弁護士である私が思う「交渉」が得意な弁護士とは?これまでのポイントから,感じたことをお伝えします! まとめ 交渉力の高い弁護士になるために 私は,裁判官,調停委員など裁判所の方々を説得する能力はあると思っているけれど,一般の方をどれだけ説得できるのか,心を動かせるのか・・については,以前は,あまり考えていなかった。なぜかと言えば,以前は弁護士の仕事とは,裁判で相手方を論破し,勝訴判決を取ることだ,と思っていたから。けれど,今は,その人の人生にとって,「本当に幸せになる解決」をサポートしたい,と思っています。人生の時間,精神的負担,金銭的負担も回避できるよう,そして,離婚の場合であれば,何よりも,間に入る子ども達の負担を少なくするためにも,裁判になる前に解決できるのであれば解決したい,と最近強く思います。そのためには,裁判官の人以外にも効果を発揮する「交渉力」,本当の意味での「交渉力」が必要だと実感して,日々勉強と実践をしています。どんな「言葉」,どんな「態度」に人は心を動かすのか・・・? それは,基本的なこと,共通するポイントもあると気づいたのと同時に,相手方によって,響く「言葉」「態度」は違うということにも気づきました。調停では,裁判所の調停委員の心を動かせばいいから,裁判所を使わない交渉よりは得意だけれど,「裁判」とは違って,調停委員+相手方(一般人)の心も動かせなければ,解決できません。そのため,論理的なだけでなく,感情も動かす「話し方」も磨いていきたいと思います。それに・・・ 「交渉」って,家事の分担も,子どもと一緒にどこに出かけるのか決めるのも,事務所のスタッフとの労働契約も,何でも効果を発揮するものですから(笑)!考えてみれば,一緒に誰かと何かをする場合にも,人との関係は,全て「交渉」で成り立っていますから,「交渉力」を身につければ,あらゆる場面で快適に過ごせそうです。読んで下さったみなさまにとっても,「交渉力」を高めるためのヒントとなりますように。そして,弁護士の「交渉力」を過信せず,正しく見極める手助けになりますように♪ |
| 岐阜県多治見市大日町21 大日ビル3号 多治見ききょう法律事務所 弁護士 木下貴子(岐阜県弁護士会) |
| 多治見駅周辺を花でいっぱいにしたい |
| 数年ぶりに中学校の恩師と再会しました。校長先生はすでに教職を退かれ、最近設立されたNPO法人の事務局長を務めておられました。その団体名が「特定非営利活動法人 中之郷を花いっぱいにする会」です。体育会系で熱血指導の印象が強かった先生だけに、「花いっぱい」という言葉の響きに、正直少し意外な気もしました。しかしお話を伺ううちに、地域と行政をつなぐ役割として期待されているのだと感じ、せっかくのご縁でもありますから、花のことは全くの素人ですが、私も微力ながらお手伝いをさせていただくことになりました。 「中之郷」という地名は、江戸時代から明治の初期にかけて現在の多治見駅周辺一帯を指した呼び名で、当時は「美濃国土岐郡多治見村大字中之郷〇〇番戸」といった形で住所が表されていました。駅前というよりも、昔ながらの地名を団体名に用いるところに、どこか味わい深さや風情を感じます。 最近は新しい住宅地ができるたびに、おしゃれな町名へと変わっていくことが多く、少し寂しい気持ちになります。かくいう私の自宅も「希望ヶ丘」という名称ですが、昔のまま「小名田村字小滝」と呼ばれていたら、それはそれで趣があったのではないかと思ったりします。 これから中之郷のまちが花でいっぱいになり、訪れる人にも住む人にもやさしい景色が広がっていくことを楽しみにしています。4月頃には具体的な事業計画を示されるとのことで、今から期待が膨らみます。高齢者の方々が気軽に集える場となり、地域のつながりがより深まっていけば素晴らしいことです。企画を考える人、人を集める人、実際に汗を流す人、お金を出す人、、、、、それぞれの役割を持ち寄りながら、みんなで自分たちのまちを大切にしていけたらと思います。 月刊CPSの誌面をお借りして、ご紹介させていただきました。今後とも「特定非営利活動法人 中之郷を花いっぱいにする会」をどうぞよろしくお願いいたします。 |
| 土地家屋調査士 奥村忠士 |
| 自分の「範囲」 |
| 娘が家を出てからというもの、人と話す時間、そして人の話に耳を傾ける時間が増えました。行く先々で人の話に耳を傾ける自分、話しかける自分がいます。 これまでの私の日々はギリギリのリソースで日々を回していたのが、「娘」という莫大な労力と精神力を注いできた存在が離れたことで、余裕ができたことがひとつの要因でしょう。けれど実は、それだけではありません。娘が私の目の届かない場所へ行ったことで、「幸せでいてほしい人」の範囲が広がったのです。 娘と一緒に暮らさなくなって、私が娘にしてやれることは大きく減りました。私には見えない誰かの善意で、今日も娘は生きていることでしょう。そう思うと、人に親切にしたい気持ちが強くなるのです。 振り返れば、子どもが生まれて3歳までは2人で密接に過ごしてきました。保育園、小学校、中学校と成長するにつれ、娘が私以外の人と接する時間は増えていきました。私はもともと、娘のことは大人になる前に手放すつもりで育てていたので、「娘は私以外の人たちによって人格が形作られ、私以外の人たちに生かされてゆくもの」と考えていました。だからこそ、「娘の関わる世界が、少しでも幸せで余裕のあるものであってほしい」と願ってきました。 そうして娘の存在によって広がった私の「範囲」は、娘が家を離れたことで、さらに大きくなりました。自分の目に見える範囲や生活に関わる範囲だけでなく、私の知らない場所、見えないところまで、優しい世界であってほしいと願う範囲が広がったのです。 以前は、年配の方が優しいのは、経験を重ねて余裕があるからだと思っていました。けれど今は、人と離れる経験を多く積んだからこそ、親切にしたい人の「範囲」が広がっていくのかもしれない――そう考えるようになりました。 |
| エール行政書士事務所 行政書士 鈴木亜紀子 |
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